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レズで発達障害で。

発達障害(ADHD)で、同性愛者のわたしの毎日。あなたの暇つぶしに、心の糧に。

わたしが発達障害?(っていうか何それおいしいの?)その②

こんばんは、るちるです。

昨日の続きということで、高校生から大人になって現在に至るまでのわたしについてです。

 

中学生~高校時代

なんとか丸暗記で高校受験を乗り切りましたが、まったくもって数学が苦手。地元の進学校(一応)に進んだ自分は、入学した途端に落ちこぼれました。

数字を見ているだけで頭がぼんやりしてきて、テストで0点なんてこともザラ。一方で英語や国語は得意なので、先生方には手抜きしているように思えたのでしょう、よく怒られていたため、自己評価もどんどん低くなっていきました。

家でも癇癪をおこしたり、気難しい子と思われることが増え、母親はわたしと距離を置き、妹を可愛がるようになっていきます。

更に追い打ちをかけるように、高校ではイジメられるようになりました。体育の授業の創作ダンスの時間のことでした。体の慢性的なだるさと頭痛はもちろんのこと、体育館にある大きな鏡を見て振付をするのですが、一人だけそれがいつまでも出来なかったのです。左右の概念がとにかくわからん。

adhdmother.main.jp

…。これ、自分だけかと思ってたんですが、似たようなことがあるんですねぇ。

よく「踊ってみた(左右反転)」ってあるじゃないですか。。。あれもいまだにピンときません。せっかくなら、踊っている後姿で左右反転無という映像が欲しい。w

 

とまぁこんな感じで中高時代は学校からも家庭からも孤立していき、初めてできた彼氏だけが心のよりどころでした。が、またこの人に過剰に依存してしまうので良くないんですよね。。。というわけでまだこの時は自分が発達障害だとは夢にも思わないのでした。

 

 

大学時代、社会人序盤

大学に入ってからも、だるさは続きます。受験の末、地元の私立女子大に入学しますが、だるさが幼少期の比にならないほどひどく、いつもぐったり、講義もゼミも寝てばかり。バイト先に行くだけで大仕事といった感じでした。着いたらもうヘトヘトで、仕事になりません。会社も推薦で大手家電メーカーに就職しますが、そこでも女性の先輩からのイジメに遭い、毎日の罵詈雑言はもちろん、挙句の果てに口の中を切るほどに顔を打たれるなどして1年半で退職。(当時はパワハラという言葉もなく、ただただ我慢していました)一人暮らしを始め、家族の邪魔にならないようにと思っていた矢先でした。その後職業訓練校を経て就職するも、激務で体調を崩し、ようやく異変に気付き始めました。

 

☆そもそも、この眠気は何だ?

昨日分から記載している通り、わたしは激しい眠気に悩まされていました。2社目の会社は立ち仕事でしたが、立ったまま寝てしまう自分に対し、ようやく

わたし、おかしいかも!!

と思い、(早く気づけよw)睡眠科のある病院に検査入院することになりました。

が、結果は「長時間睡眠者」。

ロングスリーパー - Wikipedia

 

 

( ^ω^)・・・(なんか違う)

 

というわけで自らの発達障害をまだ見逃してしまうことになるのでした。

この時26歳。まだまだ険しい道が続きます。

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