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レズで発達障害で。

発達障害(ADHD)で、同性愛者のわたしの毎日。あなたの暇つぶしに、心の糧に。

わたしが発達障害?(っていうか何それおいしいの?)その③

るちるです。

前回は「現在のわたし」とか言いながら26歳までしか追えてなくてすみません(現在31歳)。今日でこのシリーズも完結です!

 

 

26歳~30歳

あらゆる環境で、最初はうまくいく、けど、続ければ続けるほどダメになる。

どんどんボロが出てくるというか、空気が読めない、変わってる、トロい、全てが社会人のマイナス要素。どこへ行っても必ずこのような印象を持たれてしまい、同じ場所で長く頑張るということができませんでした。そこそこご縁はありましたが、最終的に付き合う男性は、みんなが「なぜ?」というような人ばかり。そのうちの一人に暴力を振るわれ、実家に戻ることになりました。

そんな自分でしたが転機が訪れます。友人の紹介がきっかけでフリーのライターとして軌道に乗り、連載も持つようになりました。昼はOLとして働き、帰ってからと土日はひたすら執筆。地方都市⇔東京の移動も多く、体はつらかったですが、今までの人生にないほど充実していました。

しかしそんな期間も長くは続かず、昼働いていた会社が解散。慌てて再就職したのが今の会社でした。

 

 

 

そして発達障害と診断され…

入社後すぐにまた体調を崩します。副業が禁止だったためライターの仕事を泣く泣く手放し、毎日なんとなく出社→帰って寝るの繰り返し。ある日この上ないほどの眠気に、もう生きることへの限界を感じ、疎遠になっていた母に泣きながら訴えました。

 

もう無理!わたし、なんでこんなに普通の人とちがうの!?

 

母は最初、相手にしてくれませんでした。30過ぎたいい大人が、何を泣いてるのと。しかし鬼気迫る表情のわたしを見て、これはヤバイと気付いたそうです。

「あの時のあんた、今にも自殺してしまいそうだったから」

(まぁそんな思い切りなんてするはずもないのですが、母は今でもそう言います。)

 

こうして母に連れられてメンタルクリニックへ。

てっきり鬱だと思っていましたが、最初の診断は全般性不安障害というものでした。

 

medical.yahoo.co.jp

その頃の自分と言えば

・彼女(この頃はまだ妻ではなかった)から連絡がこない、死んでたらどうしよう

・お店で商品を見ている時、万引きしたと思われたらどうしよう。

・過去の望まないセックスで、HIVに感染していたらどうしよう。

・ていうかそれがきっかけでレイプされたなんて彼女にバレたらどうしよう。

・職場に自分のことを殺そうとしている人がいたらどうしよう。 etc…

 

とにかくありえないことを考えては、不安にかられ続けていました。

不安はどんどん浮かんでは消えていきます。謎の背中の痛み、胃痛、悪夢になやまされていたわたしにとっては、説明してもらって納得のいく診断でした。

最初に処方されたのはレクサプロ。とにかく抜け毛がひどく寝汗がすごいという謎の副作用に悩まされ、治らない眠気と戦っていたある日…

 

発達障害のテスト(CAARS)してみようか」

 

adhd.nerim.info

と先生が仰いました。なにそれ?ピクサーの映画か?と思いましたが、これが発達障害を診断するテストなんですね。

 

こうしてテストを経て、発達障害の診断が出たわたし。

自分の障害に気付くまで、31年。

思春期も、青春時代も、何もかも苦痛のまま過ぎていった自分に、とどめの一撃…に思えますが、わたしにとっては、本当に、心からの救いでした。

 

みんなと違うって感じていたこの違和感は、発達障害だからだったんだ。

 

もやもやしていた心に一筋の光が差したようでした。

治療の日々のスタートです。

 

 

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